2026年5月25日月曜日

9年生 長崎で受け取った「平和のバトン」

 

奈良の長い歴史の中で育まれてきた私たち富雄第三中学校の9年生。先日、待ちに待った長崎への修学旅行が無事に終了しました。

今回の旅の大きなミッションの一つが、「長崎から考える『平和のバトン』」でした。

被爆から80年が経ち、経験者の方々から直接お話を聞ける機会が少なくなっていく今、私たちは「経験していない私たちが、自分のことのように平和を語り継ぐためには、何が必要だろうか?」

という重い問いを立てて長崎へ向かいました。

現地では、原爆資料館を見学し、ガイドさんとともに平和記念公園を歩きました。子どもたちは一言も見落とさないよう、真剣な表情で熱心にメモをとる姿が印象的でした。教科書の文字や写真だけでは分からなかった、戦争の重く生々しい現実が、この地の風に触れ、遺構を目にすることで一人ひとりの心に深く迫ってきたようです。







また、平和祈念セレモニーでは、6年生から9年生までの子どもたちが一羽一羽に願いを込めて折り上げた「鶴文字」を捧げ、「平和宣言」を読み上げました。




みんなで折った鶴で作った「平和」を願う鶴文字です。


長崎で、私たちが誓った平和宣言です。

平和宣言 〜今だからできる平和への行動〜

 今、私たちは、長崎の青い空の下に立っています。 目の前には、天を指し「原爆の脅威」を、水平に伸ばした手で「世界の平和」を表す平和祈念像があります。 1945年8月9日、午前11時2分。この空から落とされた一発の原子爆弾は、一瞬にしてこの街の日常を奪い去りました。 熱線、爆風、そして放射線。罪のない多くの人々が、家族の名前を呼びながら、あるいは名前を呼ばれることもなく亡くなっていきました。生き残った方々も、癒えることのない体と心の傷を抱え、今日まで歩んでこられました。

 私たちは、平和学習を通して、当時の惨状や被爆された方々の苦しみ、そしてそこから立ち上がろうとした長崎の人々の強さを学びました。 これまで、教科書の文字や写真でしか知らなかった「戦争」という言葉が、この地の風に触れ、遺構を目にすることで、重く、生々しい現実として私たちの心に迫っています。

 今、世界を見渡せば、いまだに争いは絶えず、生活、家族、大事な物などを奪われる人々がいます。僕たちは、そんな世界で、人生を終えたくありません。「自分1人に何ができるのか」という無力感に襲われることもあるかもしれません。しかし、私たちは学びました。平和とは、単に戦争がない状態を指すのではなく、相手の思いや、考えを理解し、対話をする。そして、お互いの違いを認め合える、思いやりを持てる日々の生活の積み重ねが、友だちを、家族を、学校を、地域、国を幸せにし、大切な人の笑顔を守ることができる。それこそが、平和へつながる一歩だということを、僕たちは、この長崎の地で、強く決意します。

  1つ、私たちは、長崎で学んだ真実を、決して忘れません。 悲劇を繰り返さないために、過去の歴史を学び続け、次の世代へと語り継いでいく架け橋となります。

  2つ、私たちは、身近なところから平和を築きます。 言葉の暴力や偏見を許さず、自分たちの周りにいる友だちや家族を大切にすることから始めます。

  3つ、私たちは、世界の一員として、核兵器のない、誰もが笑顔で暮らせる未来を想像し、行動し続けます。

 81年前、長崎の人々が絶望の中で願ったのは、私たちが今生きている、この穏やかな日々だったはずです。その願いを私たちが受け継ぎ、さらに大きな「平和の輪」へと広げていくことを、ここに宣言します。  

           2026年 5月 14日 奈良市立富雄第三中学校 代表


現在、学校に戻った9年生は、長崎で得た重み、そして自らの決意を言葉にするため、一人ひとりが「人権作文」の執筆に取り組んでいます。受け取った平和のバトンを、これからの生き方にどう活かしていくのか、じっくりと言葉を紡いでいます。


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